あなたの人生は、苦労が多いですか?
それとも、楽なことが多いですか?
このブログに遊びに来てくれる方の多くは、仕事面では苦労が多いと感じているかも知れませんね。
30代である今までに7回転職を繰り返した僕も、同感です。
仕事の話に限らず「苦労って要るのか要らないのかどっちだ?」と疑問に思うことがあります。
これって人によって考えてることが違ってて、
A. 苦労はしたほうがいい!
B. 苦労なんてしなくていい!
のどちらも聞くんですよね。
それぞれの言い分を聞くと、「どちらも一定の正しさがある」ように思えます。
あなたは、どっち派ですか?
A. 苦労した経験はあったほうが良い
まずはA派の方々、どうぞお入りください。
若い時の苦労は買ってでもせよ
代表的な言葉としては、やっぱりこれですよね。
辞書を引くと、こう書いてあります。
若い時の苦労はその体験が将来役に立つから、自分から買って出ても苦労せよ、ということ。
引用:goo辞書
なるほど。
「経験によって人は成長できる」というのは僕も感じているので、納得できます。
とりわけ、『情報』が多すぎる今の時代は『体験』に価値があると言われてますしね。
苦労はあとから笑い話に変わることが多いので、話のネタにもなります。
幸福を感じるには幸福でない経験も必要
幸福は相対的なものだと言われています。
つまり、苦労した経験がないと幸せに気づけないってことですね。
うん、これもすごく理解できる。
モテモテな人生を歩んできた人は、自分を好いてくれる人に対する本当の価値は感じにくいでしょう。
全くの非モテ人生を歩んできた人は、自分に寄り添ってくれる人がいることのありがたみを心から感じるでしょう。
僕がどっちの人生かって?
おっとそれは聞かない約束でしょう。
恋愛に限らず、つらい時を経験すると、そうでない時を幸せと感じられることもありますよね。
困難を乗り越えた成功体験が人生の糧になる
苦労を乗り越えられれば、
- 自信
- 精神力
のレベルが上がります。
良いイメージを持てているほうが、人生前向きに進んでいけます。
メンタル面が安定しているほうが、柔軟に対応できます。
そういう「人間力」は、間違いなくひとつの武器になりますよね。
ただ、それが
「人生にとって絶対に必要か?」
と問われると、なんとも言えない気がします。
わざわざ苦労をしなくても、自己肯定感を高める方法はいくらでもあるので。
自分が経験した苦労を人には与えたくないと思える
人に優しくなれるということですね。
これはすごく同意。
苦労を経験しているからこそ、その苦労をする人の気持ちが分かります。
過去の自分と同じ境遇で苦しんでいる人を見たら、「放っとけない」となる人もいるでしょう。
ただ、人間キレイな面だけじゃありません。
人のためを思えるときもあれば、そうでないときもあるものですよね。
苦労している人の気持ちが分かっていても、見て見ぬフリをしてしまうことだって誰でもあるはず。
良い悪いの話じゃなくて、それもある意味「人間味」です。
もっと言えば、苦労したときの気持ちを
「知っている」⇒「忘れた」
という素晴らしい進化を遂げる人もいますよね。
「自分が新人だった頃のことを忘れている上司」なんて、まさにそれ。
B. わざわざ苦労する必要は無い
B派の方々、お待たせしました中へどうぞ。
ただの精神論は合理的じゃない
「若い時の苦労は買ってでもせよ」。
これって、精神論(根性論)っぽくも聞こえますね。
「石の上にも三年」と同じように、時代にそぐわない考え方になってきてると言えそうです。
今の時代、テクノロジーの進化でどんどん新しい技術が生まれてますよね。
それだけライフスタイル、価値観が多様化してます。
そんな時代に、「苦労して苦労して遠回りする」ことの価値はあまりないようにも思えます。
効率よくやっていったほうが、最終的にたくさんのものを得られる可能性もあるだろうし。
ただ、失敗経験は間違いなく自分の血肉になります。
何をやったら失敗するかが学べて、賢くなれるので。
苦労すれば必ず報われる訳じゃない
「苦労して、その先に何があるの?」
というお話ですね。
ひとつ例として、
世の中の成功者が成功した理由のほとんどが「たまたま」
という話をよく目にします。
成功するべくして成功したというよりは、環境だったり何かのきっかけが要因で成功していったということですね。
努力を続けていくことは、成功に近づくことではあります。
でも、「努力」と「成功」に明確な因果関係ってないですもんね。
- 努力しても運がなく成功できない人もいる
- 努力してなくても運よく成功できる人もいる
というのが事実なので。
苦労することで性格が歪んでしまう
人間には嫉妬心がある生き物。
自分が苦労すればするほど、苦労してない人に腹が立ってしまう気持ちはよく分かります。
ただ、それを口に出して攻撃する人はどうかと思います。
職場でも、よくいるじゃないですか。
「自分が若いときは○○なんて当たり前だった」
なんて、過去の苦労話を引き合いに出して理不尽な仕打ちをしてくる上司とか。
やっぱり、降りかかってくる「苦労」の種類とか量によって
- 優しくなる
- ひねくれる
のどっちに転んでもおかしくないと言えそうですね。
人生なんて楽しければいい
僕の知り合いでも、こういう人いますよ。
これも一理あるな、と個人的には思います。
日本で暮らしている限り、野垂れ死ぬことなんてないし。
まぁ「楽をして怠ける=楽しい」とは限らないですけど。
昔の話をひとつ思い出しました。
僕が新卒で就活をしてたときに、友人と話をしていて「コネ」の話になったんですよね。
僕は当時まだ頭が固かったようで、
「コネで入るのってなんか楽しててどうかと思っちゃうよね」
みたいなことを言ってた記憶があります。
でもその友人は
「そう?自分が持ってるカードは好きに切ればいいと思うけど」
「楽できるならそれでいいんじゃない?」
と言ってました。確かにそうだね。
どうやら、僕も「苦労すること=美徳」みたいな固定観念に縛られた人間だったみたい。
そのまますくすく育って老害予備軍にならずに済んでほんとに良かった。。
良い意味で他人の人生には興味をもたない
うーん。やっぱいくら考えても、どっちかが「100%正しい」とはならなそう。
「無いもの」に目を向けても一歩も前に進めない
人生わりとハードモードな僕としては、
「イージーモードな人生を羨まない」
っていうのが大切と思ってます。
やっぱり、隣の芝は見ちゃうと青く見えるものですよね。
他人の人生に目を向けて
- 自分も○○だったら人生違ってた
- 自分も○○を持ってたら上手くやれた
みたいな「タラレバ」はマジで不毛です。
自分が優れているステータスに注目する
もう腹をくくって、自分がもっているものだけでベストな戦い方をしましょう。
武闘家が回復役にまわっても、すぐにMPがなくなります。
僧侶が敵を殴ったところで、大したダメージを与えられません。
それを自分にあてはめてみれば、ちょっと人生面白くなります。
- HP
- MP
- 力
- 身の守り
- 素早さ
- 賢さ
- かっこよさ
など、自分が優れているステータスは何だろうと探してみる。
それで
「自分はどういう戦い方をすると強いのかな?」
って考えれば、どんどん前に進めます。
武闘家が僧侶に転職して武器を増やすっていうのもひとつの道かも知れないですね。
最後に:経験に対する意味づけは自分で選べる
苦労が多くても少なくても、
経験に対する意味づけは自分の好きにすればいい
と思ってます。
苦労してそれが報われなかったとしても、それ自体をいいように解釈してしまえばこっちのもん。
自分の生き方に自信をもってたほうが、人生楽しいです。
それに、みんな「全ての経験があって今の自分がある」というのが事実ですよね。
何かひとつでも違ってたり欠けてたりしたら、今持っているものは無かったかもしれません。
そう考えると、苦労も楽も全部ありがたいことだと思えてきます。
ではまた別の記事で!
おやすみなさい